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多様なエネルギー選択肢を―奥⽥JERA社⻑

 2050年の脱炭素実現で

2024年09月27日

地球環境

主席研究員 小林 辰男
研究員 斎藤 俊、榎 浩規

 地政学リスクが高まり、エネルギー安定供給・安全保障の重要度が再認識されている。そうした情勢でも2050年の脱炭素社会実現は人類存続の最重要課題だ。その実現への道のりは、電力ビジネスにも変革を迫る。脱炭素社会の実現には経済構造の転換が不可欠であり、価格メカニズムによって転換を促すカーボンプライシング(CP)が極めて重要だ。各国間の競争力に悪影響を与えないため、一国主義のCPではなく、国際協力体制を築く努力も必要になる。

 国内最大の火力発電会社であり、2030年ごろには再生可能エネルギーでも国内有数の存在になることが見込まれるJERAの奥田久栄社長に8月上旬、「電力ビジネス変革」への道筋・戦略、そして政策として何が必要か、考えを聞いた。

okuda.jpgインタビューに答える奥田久栄社長

"計り売り"から"価値売り"へ

 ――ウクライナ侵攻やハマス・イスラエルの軍事衝突などによりエネルギー調達に影響が出ている。

 地政学リスクの高まりを受けて、世界経済の分断(デカップリング)が進展する懸念がある。そのようなシナリオに備え、日本としてはエネルギーの選択肢を増やす施策を講じるべきだ。2030年頃には大規模洋上風力発電所が次々と稼働し、再エネが増えることだろう。しかし再エネだけでなく、原子力の再稼働を含めた非化石電源のフル活用や、火力発電の低炭素化・脱炭素化も必要になってくる。

 ――脱炭素とエネルギーの安定供給の両立には難しさがある。

 エネルギーの脱炭素化は、気候変動に対する最も重要な対応策の一つ。しかしエネルギーの安定供給を同時に確保することが不可欠だ。再エネの導入は着々と進んでいるが、その特性上、発電量が不安定であり、脱炭素社会実現を目指す2050年に再エネのみでの安定供給は難しい。

 電気を使用量(キロワット時=kWh)や使用のピークに対応する容量(キロワット=kW)といった"計り売り"ではなく、脱炭素や安定供給、経済性といった多様なことを考慮した"価値売り"を可能にする仕組みが必要になる。デジタル技術は、電気にそうした価値のラベルをつけることを可能にし、電力ビジネスを大きく変える。米巨大IT企業のように、多少高くても確かな「脱炭素電気」を購入したいという顧客は相当数存在する。

DXで環境負荷の低減

 ――デジタル技術をフル活用することで具体的に何が実現する?

 例えば再エネの発電量の多い昼間帯は料金が安く、火力発電の多い夜間は高くなる、といったような柔軟な料金体系を実現し、顧客のニーズに合わせて提案できる。市場を通じた電力消費量のコントロールも可能になる。

 ――DXが電力ビジネスでも極めて重要になる。

 デジタルトランスフォーメーション(DX)は、環境負荷の低減と効率的なエネルギー使用に大きく貢献する。エネルギーの使用状況をリアルタイムでモニタリングし、最適化することが可能になれば、サプライチェーン全体でのカーボンフットプリント(*注1)の把握と削減も加速できる。この仕組みは、5~10年先には実現できると考えており、国内外のITベンチャーなどと共同でシステム作りを進めている。システムが完成すれば、その外販も考えられる。

*注1:商品・サービの原材料調達から廃棄・リサイクルまでの過程で排出される温室効果ガスをCO2 換算して表示する仕組み

 ――とはいえ、脱炭素の実現にはコストもかかる。

 脱炭素の価値を「見える化」することが欠かせない。その政策手段としてCO2排出に価格付けするカーボンプライシング(CP)が有効だ。「(省エネや再エネ導入などで)CO2排出を削減する」「お金を払っても化石燃料を使い続ける」といった行動を企業や消費者が価格に基づいて判断できる。CPには炭素税や排出権取引制度など、さまざまな形があるが、その税収や排出権売買の収益を脱炭素技術の研究開発やインフラ整備に充てれば、脱炭素社会に近づくだろう。

新興国を巻き込んだ国際協力

 ――排出権取引制度や炭素税では欧州連合(EU)が先行している。

 脱炭素を推進する上で、中国を含めた国際協力は欠かせない。例えばEUが提案する炭素国境調整メカニズム(CBAM)は、温暖化防止対策が不十分な諸国からの輸入品にEUの炭素価格並みの関税を課す仕組みだが、国際協力なしに進めれば、市場の分断を引き起こしかねない。

 CBAMはカーボンリーケージ(温暖化対策が不十分な国への生産拠点の移転)を防ぎ、国際貿易の文脈で脱炭素を進める重要な取り組みの一つ。しかし国内や域内市場で平等な競争条件を実現できても、拡大する新興国などの市場では価格競争力を失う結果につながりかねない。当面は規制的な手段を組み合わせた政策が現実的だろう。

不可決なバックアップ

 ――脱炭素社会実現とは、火力発電をゼロにすることを意味するのでは。

 日本において脱炭素が相当に進展した状態においても、電力需要の2割程度は火力発電によって賄われるだろう。太陽光発電が安定的に供給できない夜間帯、悪天候時、あるいは風が吹かない日の風力のバックアップは必要になる。日本には梅雨もあれば、台風シーズンもある。電気自動車の普及により(車載の)蓄電池で短時間の変動に対するバックアップは可能になるかもしれない。しかし長雨や台風など長時間のバックアップ対応や季節間の変動対応は火力がないと厳しい。

 一年を通じてどこかは晴れ、どこかには風が吹いているから送電網の充実や蓄電池によって再エネ100%が実現できるというのは、大陸的な発想だと思う。再エネや蓄電池の技術開発、送電網の充実は重要であり、例えば船舶のように海に浮かべる浮体式洋上風力には期待できる。しかし日本やASEAN(東南アジア諸国連合)のような国土面積の狭い島国(島しょ国)では(設備コストが小さい)太陽光や陸上風力の設置には限界がある。国や地域によってネットゼロ達成までのロードマップは異なり、一概に再エネ100%を推し進めるべきではない。

脱炭素コストを「見える化」

 ――それでは脱炭素社会にならないのでは。

 再エネを補完する火力発電、この燃料を脱炭素化する「ゼロエミッション火力」が現実的なソリュ―ションだと考える。2050年を考えるとCO2を排出しない水素系燃料の製造や熱エネルギー供給で発生するCO2をどのようにオフセットするかが、残された課題だ。CO2を地中に埋めたり工業原料に使ったりするCCUS(炭素の回収・利用・貯留)、再エネを活用して生成されるグリーン水素などの活用が重要になってくるだろう。

GHG_forecast.jpg温室効果ガスの排出量の推移と予測
(出所)「日本の温室効果ガスインベントリ報告書(2024年4月)」「IPCC報告書」などを基に作成

 ――現状、エネルギー消費量がそもそも多すぎるのではないか。

 電力消費量は経済成長率の低下や省エネの推進もあり、足元は減少傾向にある。DXは生産性を上げ、電力ビジネスの変革に役立つと思うが、同時に今後、AI(人工知能)の加速的な普及、それを支えるデータセンターの拡大は、電力消費を増大させる要因になる恐れがある。省エネ技術の導入、エネルギー効率の高いプロセスへの転換は今後も求められる。しかし、経済をエネルギーや資源に依存しない構造に変革させるべきであり、経済構造を脱炭素に適合したものに変える原動力の一つが価格メカニズムだと思う。脱炭素コストを「見える化」するCPは、その点でも重要である。


《聞き手の視点》
◎価格メカニズム活用がカギ
  脱炭素と経済成長の両立

 中長期に脱炭素を進めるには、規制一辺倒では難しく、炭素税などによる価格メカニズムが不可欠であることは多くの経済学者も指摘する。日本政府は、エネルギー補助金による電力価格やガソリン価格高騰対策を行ってきた。昨今の地政学リスクから鑑みて短期的には仕方がない面もある。しかし、物価高騰対策の恒久化は脱炭素の観点からみると、経済構造を省エネ型へ促すことに逆行する。単に価格を抑制するのではなく、低所得者への所得補填(ほてん)の方が、価格メカニズムをゆがめず、脱炭素の進行も後退させないのではないか。エネルギー政策においては、短期の対策であっても中長期の視点が必要と考える。

 一国主義の炭素税導入は産業競争力上、一方的に不利となり、国内産業の空洞化などにつながる可能性も否定できない。世界的な脱炭素社会実現と経済成長の両立には、気候変動枠組み条約締約国会議(COP)や産油国、中国、新興国も参加するG20(20カ国・地域)サミットなどの場で地球温暖化対策の共通ルールに関する合意形成が求められる。そのためにもまずは、日米欧の先進国間でCBAMや環境基準などのルールで足並みをそろえる必要があるだろう。

研究員 斎藤 俊、榎 浩規

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